なつぞら

なつぞらのモデル実在!?2019朝ドラは奥山玲子のアニメが舞台!

2019年上半期朝ドラ「なつぞら」が4月1日から放送スタートします。

朝ドラといえば実在するモデルが存在していて、その方の人生を描いている事が多いですね。

なので、「なつぞら」も実在するモデルがいるはず!

と調べると、やっぱりいました!

どうやら奥山玲子さんというアニメ―ターの方がモデルとなっているようです。

今回は奥山玲子さんについて掘り下げてみました。

なつぞらのヒロイン奥原なつは広瀬すず!

4月1日からNHKで放送の朝ドラ「なつぞら」は100作目となる記念すべきドラマです。

ヒロインの奥原なつを演じるのは、広瀬すずさん。

かわいい上に、演技も上手で、100作目を飾るにピッタリの女優さんですね。

しかも、「なつぞら」のヒロインはオーディションではなくオファーしたというから「なつぞら」にかけている熱い思いが伝わります。

広瀬すずさんはあんなに色んなドラマや映画にひっぱりだこなのに、朝ドラは初主演なんですね。

でも、広瀬すずさんは多忙でしょうから前もってアポとっておかないとって感じですよね…。

なんせ、朝ドラ「まんぷく」のヒロイン発表よりも先に、201711月にヒロインを発表した程、今後しばらくは、NHKが広瀬すずの予定を抑えてますとテレビ局に発表したようなものです。

それだけ、どこの局も広瀬すずさんを起用したくてしたくて…ねぇ!

さて、さて、「なつぞら」のヒロイン・奥原なつの実在モデルを調べると、どうやら「奥山玲子」さんという方がそうなんじゃないかとの情報がありますね。

なつぞらのモデル実在は奥山玲子!?

まずは、「なつぞら」がどういう話なのか!?

奥原なつは、両親を戦争で亡くし、兄妹と別れ、父の戦友に引き取られ北海道・十勝に移り住みます。

そして、高校卒業後は上京し、草創期を迎えていたアニメーション業界に飛び込み、アニメーターとして、大自然の中で育まれたみずみずしい感性を発揮していくというお話です。

なつぞらは「戦後にアニメーターとして生きる」というお話で、同じく戦後のアニメ映画の世界で生きた、「奥山玲子」さんをモデルにしているのでは!?との情報が多く、こちらはほぼ間違いないと思います。

名前も、「奥原なつ」と奥山玲子」でなんとなく似ていますね。

では、なつぞらのモデルとなった奥山玲子さんってどんな人物だったのでしょうか!?

なつぞらのモデル実在!?奥山玲子ってどんな人?

奥山玲子さんは1930年10月26日、宮城県仙台市で生まれました。

幼少期の奥山玲子さんは体が弱く、家で寝ながら過ごす事が多かったので、絵を描くことが多かったそうです。

それで絵に関心を持つようになったそうですよ。

第二次世界大戦の終結後に、東北大学教育学部に入学しますが、中途で退学し、家出同然で東京に突然上京します。

東京でデザイン会社に入社するもなんとなくうまくいかずにやめてしまい、叔父の紹介で「東映動画」という会社に臨時採用されます。

これがきっかけとなって、どんどんアニメーションの魅力に引き込まれアニメーターとし歩むことになるのですが、当時は漫画やアニメに一切興味はなく「動画」と聞いて子供が絵を書く「童画」のことだと思ったほどだったそうですよ!

今ほど動画になじみがなければそう思うかもしれませんね。

そんな中、東映動画の長編アニメーション第一作目の『白蛇伝』(はくじゃでん)に28歳の時に参加します。

この『白蛇伝』は79分のアニメーションで1958年に公開されました。

日本最初のカラー長編漫画映画アニメーションという事で注目さ数々の賞を受賞し話題になりました。

1959年には、自身3作目となる『少年猿飛佐助』でセカンド原画を担当。

1961年に『安寿と厨子王丸』で原画補佐に昇格し、翌年の『アラビアンナイト シンドバッドの冒険』では、初の原画を担当するまでに。

1976年からは、フリーランスのアニメーターとしても活動していた奥山玲子さん。

1986年の56歳からは、東京デザイナー学院アニメーション科の講師も務めていました。

この時期には今でも絶大な人気を誇る有名アニメの『キャンディ・キャンディ』『じゃりン子チエ』『火垂るの墓』などの原画を担当しました。

1991年完成の『注文の多い料理店』の原画を61歳で担当したのを最後に現場から一時的に離れます。

しかし、2001年の71歳で『詩画集 墓標』を出版。

2003年、73歳で『冬の日』の絵コンテ・原画・レイアウトを手がけます。

とにかく、本当に沢山のアニメーション映像に関わってきた奥山玲子さん。

2007年5月6日、約50年にわたりアニメーションを手掛けてきた奥山玲子さんは享年77歳で肺炎によりこの世を去ります。

奥山玲子さんの訃報を受けて、大工原章さん、大塚康生さん、林静一さん、山下恭子さんといったアニメーション業界でも有名な方たちが、揃って追悼の言葉を寄せました。

動画という言葉を知らなかった奥山玲子さんが、どんどんアニメーションの魅力に引き込まれ生涯をアニメーターとして歩んだ生き様がかっこいいです。

なつぞらで奥山玲子さんがどんな人生を生きてきたのか、フィクションを交えてどこまで掘り下げられるのかとても楽しみですね。

そんな奥山玲子さんはどのような性格だったのでしょう!?

なつぞらのモデル実在!?奥山玲子の性格は!?

奥山玲子さんは、積極的に主張して仕事を取ってくる男勝りなタイプで、地味なアニメ業界には珍しく、カラフルな洋服を日替わりで着てくるなど、オシャレさでも一目置かれる存在だったようです。

そんな感性を持っていたからこそ、数々のヒットアニメーションを手掛ける事ができたんだと思います。

そして、そんな奥山玲子さんに感化されながら周りの人たちの感性も磨かれて現在のアニメーション映像へとつながっているんだと思います。

また、奥山玲子さんは、組合活動にも積極的に参加し、東映動画在籍中に同僚の小田部羊一さんと結婚します。

なつぞらのモデル実在!?旦那さんは誰!?子供は!?

奥山玲子さんと小田部羊一さんは東映動画時代の1963年に結婚しました。

奥山玲子さんが33歳の時です。

『母をたずねて三千里』では小田部羊一との共同作監を行い、『じゃりン子チエ』(劇場版)で小田部羊一さん作監のもと原画を担当するなど共同での仕事も多く、おしどり夫婦として知られていたようです。

小田部羊一さんは『アルプスの少女ハイジ』『風の谷のナウシカ』『スーパーマリオブラザーズ』『ポケットモンスター』といった大ヒット作を手掛けるアニメーター、キャラクターデザイナーです。

東映動画を退社し、任天堂に入社するとゲームにアニメーションを取り入れて数々の人気ゲームを手掛ける。

なお、2人の間にお子さんがいたかどうかは不明でした。

今後分かったら追記したいと思います。

なつぞらのモデル実在!?大物監督も登場

「なつぞら」では若き、高畑勲監督や、宮崎駿監督も登場すると話題です。

ちなみに、若き高畑勲監督を俳優・中川大志さん。

若き宮崎駿監督を俳優・染谷将太さんが演じます。

現在はアニメ―ション映像もパソコンで制作できますが、当時は本当に大変だったと思います。

デジタル化になって費用の面や人件費などメリットがある反面、アニメーションの動きがつまらなくなったりとデメリットもあったそうです。

現在は改善されているかもしれませんが、どのあたりまで掘り下げて放送されるか楽しみです。

なつぞらのモデル実在!?2019年上半期の朝ドラ「なつぞら」あらすじ

1946(昭和21)年初夏、戦争が終わり、奥原なつ(9)は柴田剛男に連れられ、北海道・十勝にやって来た。戦災孤児のなつを受け入れた酪農一家・柴田家は、北陸からの開拓移民。剛男となつの父とは戦友で、もしもの時は、お互いの家族の面倒を見るという約束をしていた。

剛男の義父・泰樹は偏屈者で知られていた。泰樹は、なつを厄介(やっかい)者と言いながらも内心、不憫(ふびん)に思っていた。子どもながらに覚悟を決めたなつは、牛馬の世話や乳搾りを懸命に手伝う。なつの頑張りに心を動かされた泰樹は、生きる術(すべ)をとことん叩き込む。なつも天真らんまんな子どもらしさを取り戻していく。

やがて、なつはすてきな馬の絵を描く少年・山田天陽と出会う。天陽から当時、アメリカで流行(はや)っていた漫画映画の魅力を教えられ、" 絵が動く" 夢のような世界があるのかと感動する。高校生になり、なつは天陽の影響で、絵を描く仕事に夢を持ち始めていた。そんな折、生き別れていた兄が東京で働いていると知らされ…。なつに旅立ちの日が近づいていた―。引用元:NHK

 

なつぞらのモデル実在!?2019朝ドラは奥山玲子のアニメが舞台!まとめ

いかがでしたか!?

4月1日放送の「なつぞら」の実在したモデルは奥山玲子さんというアニメーションを手掛ける方のようですね。

奥山玲子さんは本当に凄い人で、生涯に渡ってアニメーションに関わりをもっていました。

朝ドラはどのようなお話になるのか、注目です。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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